サンライフ彦坂で働くようになったきっかけを教えてください。
私がサンライフ彦坂に就職したのは以前、委託の会社の社員としてこの施設でいろんな事を学ばせてもらい、勉強させていただいたからです。いろんな思いがあるこの施設からまた声をかけていただき、前任の管理栄養士と以前は委託と施設側という関係でしたが、また一緒に仕事できる事で初めて施設の管理栄養士として働くにあたっての不安も少なくなると思い、就職しました。
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私がサンライフ彦坂に就職したのは以前、委託の会社の社員としてこの施設でいろんな事を学ばせてもらい、勉強させていただいたからです。いろんな思いがあるこの施設からまた声をかけていただき、前任の管理栄養士と以前は委託と施設側という関係でしたが、また一緒に仕事できる事で初めて施設の管理栄養士として働くにあたっての不安も少なくなると思い、就職しました。
あいそら羽島への就職を希望することになったきっかけは学校の先輩に新設施設の話しを聞き、身体障害者の方が暮らす施設で働くということがどのようなものか興味を持ち始めました。施設説明にて話を聞かせていただいた時には「こんなにも利用者のことを考えられた施設ができるなんて」と胸を打たれたことを鮮明に覚えています。
ここに就職し、生活相談員として勤務して数年が経ちました。これまで色々な方と縁あって関わらせていただきましたが、利用者の皆さん、ご家族の皆さんに「あなたに相談して良かった」「あなたが居たから」と言っていただけたことが、今の僕を支えています。
ご家族との連絡がなかなか取れないままお亡くなりになった方への対応や、身寄りがない方の対応など、この仕事に就かなければきっと経験できない事を僕は今まで経験させていただきました。その時はとにかく必死で、「どうして?」と思うこともあって気持ちが参ってしまうこともありました。特養ホームという性質上、お亡くなりになった方の最期に関わらせていただくこともあります。身寄りがほとんど無く、葬儀の段取りなど施設が代わりにしなければいけない、そんなときに自分が代わりに色々な手続きを行ない、何とか無事に最期を見送ることができたときに、遠方のご親類の方から「彦坂に居てもらって良かった。あの人にとっては家みたいなものです。」と言ってもらえたその時の情景が今でもはっきり僕の中に残っています。
ご家族が施設に来ていただける最後の時間は、僕たちが対応する退所の手続きの時です。利用者の皆さんが「彦坂に居られて幸せだったのか」という思いを持つこともありますが、ご家族の方から「本当にありがとうございました。本人は幸せでした。」とおっしゃっていただいた言葉に救われることが何度もありました。
私は「福祉」というものを大学に入学するまで全く知りませんでした。福祉学部で学んでいく中で、高齢者・障害者等今まで自分が生きてきて関わったことのない、感じたことのない事ばかりで興味が湧きました。また実習先でご利用者の方と接する中で「ありがとう」の一言がとても嬉しく感じました。きれい事のように感じるかもしれませんが、モノではなく自分自身の行為がサービスにつながる、この仕事は終わりもなくやりがいがあると感じ、この仕事に就きました。
当時、介護保険制度が始まり高齢者分野は注目度が高く、就職したい希望がありました。大学の就職課にある求人票を見て、高齢者総合福祉施設ということで特養、ショート、デイ、ケアハウス等様々なサービスを勉強できるのではと思い、サンライフ彦坂を選びました。
もともとは、福祉系の大学で乳幼児・児童にかかわる勉強をしていたのですが、子どもに関わる仕事は狭き門の時代で、希望していた子どもにかかわる仕事に就職するのが難しかったのです。たまたま就職課で福祉施設の試験の情報を教えていただき、そこでは乳児・児童部門もあるということで就職試験を受けました。結果、福祉施設に就職しましたが乳児部門ではなく、縁があって配属されたのは知的障碍児・者の部門で9年間働くことができました。
私が配属されたのは重複障害のある方々の棟でした。毎日がありえないだろうということの連続でしたが、日々共に生活をすることで利用者の方たちが家族のように愛おしい存在になっていきました。言葉でコミュニケーションできる人はあまりおりませんでしたが、心は伝わるものです。今ふりかえって思うことは、大変なことはたくさんあったけれど、支えいただいた上司や先輩、同僚たちと同じ方向を向いてのびのび仕事させてもらえたことが土台となり福祉の仕事にのめり込むきっかけになりました。